人生では補欠


【人はみんな人生では補欠だ】
部員が多く補欠が多いチームはダメだという人がいる。

それは間違い。

ダメなのは補欠が入学した瞬間ノーチャンスだというチーム。

つまりトップと同じかそれ以上に時間と熱かけてBチーム以下の選手に3年間迫り続けない、そんな発想がないチームだ。

決まった選手が練習もしないで駐車場係やっている。

エースを特別扱い、それ以外は物言わぬ労働者。

知ってるかい。

補欠が適当にあしらわれている環境にいると、レギュラーの心も腐っていくことを。

この時期の谷田。

「このまま終わっていいんかぁ!」とグラウンドに声が響き、「絶対負けねーぞ」とDチーム選手の怒鳴り声が続く。

Dチームの3年生が紅白戦でガチンコで「モモカン」くらい病院に担ぎ込まれる。

必要なのはそういう光景だ。

悲惨なのは、たとえば

広いピッチでレギュラーが練習し、そのわきのテニスコートの隅でもどきな練習する補欠の山。

たとえば

次々と部員が辞めていく環境。

次々と勉強もしないのに理由付けて引退していく光景。

「監督はじめあいつら俺の方は一度も見ない」と若者が逃げる理由をつける。

挑戦しきって挫折も小さな成功体験も

得ることができない環境こそがダメダメなんだ。

強いが人は育たない。

勝てるがうまくはならない。

サッカーがつまらない。

次のステージに行くものが次々生まれてこない。

50年後、部員の多くが、この3年間に励まされ「夢と、サッカーの本質だけは離さなかった」と自分の人生に誇り持っていうことができない。

実はそれこそが最悪なんだ。

谷田-虎の穴・静学サッカーより転載


幸せの連鎖


思い起こせば子育ては幸せの連鎖

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「子供は今が一番かわいいのよ」私はそう思えなかった。でも、時はもどらない

子ある日和の母

子供たち3人、次から次に生まれて、一人目に二人目のベビーカーをつかんで私との間を歩かせ、三人目をおんぶして歩いた。

近所の先輩ママさん達に口々に言われた。

「大変ね。でも、今が一番かわいいのよ。って言われても、そうは思えないだろうけど。私もそうだったし…」

そう、その時の私はとても「今が一番…」とは思えなかった。

ざあざあ降りの雨の日に、お友達の家に遊びに行きたい!!」と長男にだだをこねられて、傘をさしながらどうやって三人連れて行けばいいのと途方に暮れることもあった。

下り坂でやめなさいっていうのにボール遊びをして、落としたボールを追いかけて車がびゅんびゅん通る国道までまっしぐらに走る次男を、おんぶした長女の首がおかしくなるんじゃないかというほど全速力で走って止めに行ったり、

毎晩2時になるとタイマーをセットしたみたいに夜泣きが始まる長女を心底憎らしく思ったり…。

今年、長男は大学に入った。実家が遠方なため下宿している友達がたくさんできて、週の半分は帰ってこない。

次男は高校2年、週末も長期休みも部活でほとんど家に寄りつかない。

長女は中学2年、子供達の中では一番顔を見るのも話をするのも多いが、こちらも部活と友達づきあいで、家でお母さん、とまとわりついてくることはおねだりしたい物がある時以外はほとんどなくなった。

思春期の子供達との一触即発の事態を避けるために、言葉を選ぶのもだいぶうまくなってきたと思う。

「くそばばあ」と直に言われたことはないけれど、あ、今そう思ってるな、とわかることは何度もある。はずみでおまえ呼ばわりされることにも、もう慣れた。

せっかく作った夕飯に手を付けないで、カップラーメンの食べ残しがそのままテーブルに置いてあったり、おなかをすかせているからと超特急で作って、ごはんですよと呼んだ時には、時すでに遅し、熟睡して翌朝まで起きなかったり。

3人で泣いたり笑ったりけんかしたりする中、家族揃って賑やかに食卓を囲むことは、もうほとんどない。

何度もこぼされたおみそ汁。

おかずといっしょにぐちゃぐちゃにかきまぜておいて、もう食べられない、と残された見るのもいやになるお茶碗の中のご飯。

いくつコップを割っただろう、何度床を拭いただろう。素足でご飯粒を踏んづけた情けない感触は今でも思い出すとぞっとする。

だけど、今大人まで後一歩の子供達を見ながら、思い出すのはあのまん丸の鼻水とよだれでべとべとの顔、何度も握りしめた小さいえくぼのある手の感触ばかりだ。

あんなに毎日通った公園に、足を踏み入れなくなってもう何年経つだろうか。

一緒にお風呂に入って頭を洗ってやったのは、いつが最後だっただろうか。

もちろん、今だって一つ屋根の下、親子で暮らせば、楽しいことも嬉しいことも、あることはある。

でも、あんなに濃密でこれでもか、というぐらいの思い出が詰まった日々は、もう二度と来ないのだろう。

一人で自由に出歩くようになった今、電車の中で大泣きする赤ちゃんを必死であやしているお母さん、自転車の前と後ろに小さい子を乗せて、真っ赤な顔で自転車を
こいでいるお母さん達を見ていると、思わず「大変ね。でも、今が一番かわいいのよ」と声を掛けたくなる。

でも、きっと言わなくても大丈夫。お母さん達は今、思い出をしっかりストックしているところ。

どんなに必死でも、目が回るほど忙しくても、そんな時間のすき間を縫って、子供とお母さんの思い出はどんどんたまっていくのだ。
時はもどらない。

でも、思い出は消えずに、時を越えてずっと手元で輝き続ける。

時はもどらない。


指導の極意


指導の極意

何が悪い。ここがダメ。あいつはクズ。と口にすることは仕事じゃない。

悪いもダメも糞も味噌も、具体的にどうするかと、どうすればいいのかと実践する、こうしようというアプローチをする。

ダメなのは、指導の側の知恵と努力の問題と思わぬやつ。

あいつの可能性をどう引き出すか。

その答えと引き出しを持っていることが能力。

それこそが極意。

その深さが育成への自信を生む。

丸ごとな人を口で変えるなんておこがましいと、そう思っている人が指導者だ。

1日2時間の練習ではない、若者は24時間で成長することを理解している人間が指導者。

教えず、最後は自分で歩くことが、関わりの目標と心得ていることが指導者。

手練や戦術を教え込もうとしている知性のない指導見ると、反吐が出るのは指導者として合格。

負けの言い訳をしないのが、勝負のサッカー教える男。

目先の勝利に心を奪われないのが、育成指導者の免許証。

勝利は一瞬。育成は一生。

有名になりたくない人間が、真の育成指導者。

褒められればそりゃうれしいが、相対的評価に指導の価値を求めれば求めるものがぶれる。

だから、指導者はネットなど粘着しない。

井田勝通、川口修やオキタツ、岡島たちはネットは使わない。

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


ほめて育てる


ほめて育てる
何を誉めるか 運動能力が高い・頭がよくいい成績と「才能」と「結果」を褒めると、必ず「失敗を恐れる」ようになる。
頑張った・毎日諦めない姿勢は素晴らしいと「苦難」と「挑戦」を誉めると、「チャレンジし、諦めない」事を求めるようになる。
では誰が誉めるか 日頃頑張っていない男は誉めても逆効果だ。
ヤンキーにカッコイイですと言われているのと同じだ。
彼の尊敬する人が誉めることが財産になる。
子を育てるのは大人が「尊敬される人生を歩む」こと。
その姿を見せる事。
器が大きく正義漢で男らしく勝負する父。
天使のように愛情深き思慮深い母。


…ハードルあげすぎた(爆笑)

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


大丈夫だ


大丈夫だ サッカー人として・三浦知良 17日の日本対カンボジア戦は人工芝で行われ、「やりづらかった」という選手の反応を新聞で読んだ。そういった適応力が問われる状況では、最高のピッチも劣悪なピッチも、いろいろ経験していることが有利になるん…

Posted by 谷田-虎の穴・静学サッカー on 2015年11月23日

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


カズの存在


【カズの存在】パク・チソン
「日本人のイメージは良くなかった」
【韓国のサッカー雑誌での智星のインタビューから一部抜粋】
若くて右も左もわからなくてとんがっている時に日本に来て、 最初は学校で習ったように日本人に対してのイメージは良くなかった。
でも日々暮らしているうちに全然違うと気づきました。
特に日本のクラブに来た日から毎日必ず声を掛けてくれて、 悩んでいる時に相談を聞いてくれたカズさんは人生の師です。
カズさんのようになりたいです、と言った時にカズさんが、急に真顔になり話してくれた言葉は自分の人生を変えるものでした。

 「いいかい智星、自国以外でサッカー選手として生き残るのは本当に困難だ、最後までサバイバルする選手に一番必要なものは何か
  わかるかい?、技術じゃない、そのクラスの選手の技術はみんな同じくらい高いからね、一番大切な事は、サッカーへの情熱、一途の献身、毎試合今日死んでも悔いはないという思いで試合に望む、サッカーに人生を賭ける選手だ」
 
 「ブラジルでは貧しくて、ブラジル人なのに、一生スタジアムに来れない人が沢山いるんだ。ブラジル人にとっては悲劇だよ」
 「智星わかるかい?ブラジルで俺は試合前に必ずスタジアム全体を見る、この中でいったい何人の人達が一生に一回だけの、試合を見にきたんだろうと思うんだ」

 「すると全身にアドレナリンが溢れてきて喧嘩した直後みたいに身体が震えてきて鼻の奥がツーンとしてくる、俺はそのまま試合開始のホイッスルが鳴るのを待つんだ」

 「うまくは言えないけれど、これが俺のサッカー人生だ、智星が本当にサッカーを愛しているならとことんまで愛してやれ。智星のプレーで全然違う国の人々を熱狂させてあげるんだよ、それは本当に素晴らしい経験なんだよ」

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


ベース


18歳までで身につかないことは獲得できない。
それをベースというんだ。
テクニックとともに高校年代で身に付けるもの。
たとえば、
カッコつけずに心からあいさつする。
どこでもゴミが落ちていたら拾う。
だれが汚したかは関係なく、片付けをする。
思い通りにならないことをがまんする。
集団の一員であることを理解する。
他人の気持ちを理解しようと気にかける。
自分の欲より多くの仲間の情を尊重する。
批判をすすんで甘んじてうける。
ひどく怒られる経験を持つ。
競争から逃げない。
裏切れない恩を感じる。
自分の夢に協力してくださる親をはじめとする方々への感謝を言葉と生活で表現する。
そしてもっと頑張ればよかったと後悔しないギリギリの時間を過ごす。
それらを経験せず、
受け止める度量を持ち得てない18歳になるなら 、
20歳すぎて、
学ぶべき人物からはいっさい相手にされない。
キツイぞ。
たとえば勤務する店舗で汚れに気づかない瞬間に判断される。
夜更かしして遅刻しても、「寝れなかった、体が調子悪い」と、言い訳し即断される。
あいさつできない無礼に、「仲間外れにされた」と反撃し切り捨てられる。
学ぶべき人間にも、勝負する会社からも、
「高校年代のツケの赤点通知表」を渡されるわけだ。
自分のためにもならぬ交友などまともな人は求めない。
会社の利益にならぬ社会性持たぬ余暇男は真っ先にリストラメンバー入りだ。
厳しかろうが、いま頑張り続けろ。
どんなに頑張っても、きっと、世にはもっと頑張っている、
歯を食いしばって強く決意し過ごしている男がたくさんいる。
クズを見るな。上向いて生きろ。
栄光を夢想するな。下見て暮せ。
「オレは結構頑張っている」という選手いたら、
「弁当作ってくれる人に次の日、少しでも作りやすいように弁当箱を洗い、ベストポジションに置く気遣いは持っているか」
「毎日便所掃除をする友のために、おしっこを最大限飛ばないよう全力を挙げているか」
「自分のことしか考えられない幼稚な男は使えねぇ」…
「ふざけんじゃない!」
と全力で叱ることにしている(笑)
一生を共にする、
まだ出会えぬ素敵なパートナーはサッカー選手の君を選ばない。
サッカーの日々で培った君の人柄・知性・男らしさを選択するんだ。

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


少年サッカーの本質


少年サッカーの本質
子どもたちにとって自分の居場所を見つけることは、非常に大切なことである。
スポーツは子どもたちを育てることにおいて、何事にも変えがたい最高の教科書である。  
ミゲル・アンヘル・ミコー

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ぼくは、ぼくだから‥‥‥。
結果ばかりを求めないで欲しいんだ。それは、もしかしたら大切なことかも知れないけど、今じゃないんだ。そのために、今大切なことを失ってしまうことだってあるから。
ぼくの人生設計をあまり立てすぎたり、ぼくの失敗にがっかりしたり、ましてやそれをお父さんやお母さんの失敗のように感じたりするのは止めて欲しいんだ。負けたときの悲しみは、泣いたらすぐに消えてしまうものだから。
ぼくを通して成功を求めるのは止めて。お父さんやお母さんがなりたかったこと、やりたかったことを、ぼくに押しつけないで。
お願いだからプレッシャーをかけたり、怒ったりしないで、ぼくのプレーをさせて。ぼくのために二人が喧嘩をする姿を見るのは悲しいんだ。
ぼく自身のプレーをさせて、楽しくプレーさせて、ぼくが幸せでいられるように。
ぼくは子どもなんだ、そして、子どもという時期は人生でたった一度きりしかない。

息子より

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谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


日々の行動


捨てたもんじゃないとLEGENDは教えてくれた。
心底若者に親父が学ばされる時がある
+*-+*-+*-+*-+
2012-12
世には
夢に向かうことのできぬ軽い男がたくさん…
所詮
幼稚じゃ勝負はできぬ
キャンペーンで
被災地行くことより
ゴミを拾う取り組みするより
親へ感謝の手紙を書かせるより
人としてのまともさは
日々の行動にある。
寮の食事をつくってくださるMさん夫婦と先日食事したとき
聞かされた話
もう1年以上前の出来事だった。
いつものように、早朝。
もちろん真っ暗な中、朝食の準備に寮に行けば、
まだ寝静まっているはずの玄関に、一人の男が立っていた。
そして頭を下げた。坂田だ。
「Mさん。すみません。洗い上げの時、お皿を割ってしまって。同じのがなかったですが、これで代わりになるでしょうか」
と皿を手にもっていた。
「その時は本当に驚きました」とMさんはいう。
「ああいう若者によく育った」「本物のいろんな人への感謝がそこにはあった」と。
昨日、本人に問いただせば、
電車で街に行き、割れた皿を持って、何回もひとりで探し回ったという。
「どっかのビルの中で買いました」と。
「なんで黙っていた?」
「・・・言う事ではないと思って」
本当の感謝や、人として社会貢献はすべて身近なところにある。
自分の夢に協力してもらっている方々へ、いただいている恩に、
すべてに感謝できるのが挑戦する者の人間性。
親への感謝も、たとえば郵便局に振り込んでもらった3万円を、
1000円づつ引き出しては、「ありがとう」と自分の夢へ大切に無駄なく使う行為に現れる。
かたや、親に事あるごとに金をせがみ、遊びに行き、たとえば
時節柄なら、わけのわからぬ小娘に「愛」だと称して、
クリスマスプレゼントを親の金使って贈るアホどもが街にはあふれる。
親の金で買ったスマホを一日中シューシューし時間を食いつぶし、
夢を台なしにする普通のあんちゃんは腐るほど存在する。
親に、偽の夢を餌に、
スパイクを好き放題買わせて平気な奴に、まともに育つ資質はない。
夢への協力への感謝の気持ちが、
人を真人間に、大人に育てるのだ。
坂田がまともでリスペクトできるか、
ただの「オヤジ臭い変人」(笑)だと思うかは
そいつが「挑戦者」か「普通の若造」かを正しく判断できる材料だ。
指導は“良質なもの”と、作られた“まがい物”を見分ける作業。
坂田伝説はもっともっと様々ある(笑)
修学旅行の日、直前まで谷田で自主練やっていたとか、
カラスがなかない日はあっても、谷田で坂田の自主練を見ない日はないとか、
ずっと一人で誰もいなくなるまでリフティングやっている(川口修)とか。
とりあえずいつも群(む)れないと何もできないダメな若造と対極をなす。
サッカーを取り組む高校年代の若者は16万人。差別化は現場の日常生活で起こっている。
大切な3年間。
ミーティングのあと
「坂田!修学旅行どうよ」といじると
「ええまあ。・・・でも・・・立志にいるほうが・・・落ち着きます」
これも伝説だ。
*************

人に長たる者は 孤独寂寥(せきりょう)に耐えねばならぬ(森信三)
筋肉は使い切ることで状態が良くなる。中途半端な使い方はむしろ良くない。
無理をしないと、どんどん無理ができなくなってしまうものだ。

どこかで楽をするクセがついたら、あるはずの力も発揮できなくなる。(三浦知良)

安心しろ!女にうつつ抜かしながら、悪質掲示板のぞきながら、選手権全国制覇できるほど、そんな稀有な才能持った選手はここには絶対にいないから。(I)

幼少からの教育が挑戦者の人格に写る。「子の魂」と「親・教師の生き様」は合わせ鏡。

静学Facebookより抜粋


勝負にこだわり、思いやり上手な選手


勝負にこだわり、思いやり上手の選手は山ほどいる。

*-*-*-*-*-*-*

勝負にこだわる子はサッカーがうまくなる反面、
他人への思いやりが下手になる。
と誰かが書いていた。

それは物事を二律背反でとらえ、現象を短絡つけるものだ。

勝負にこだわり、思いやり上手の選手は山ほどいる。

ただ、
勝負だけにこだわるチームに、思いやりが薄い子は育ちやすい。
勝負さえ勝てばよいチームは、人は育たないことが多いのだろう。

だが逆に、
勝負にこだわらないお教室で、思いやりが厚い子が育つとは思わない。
勝負にこだわらないサッカーチームで人が育つとはとても思えない。

勝負にこだわるから競技スポーツは深い思いやりを身につけさせてくれるのだ。

思うところは、
考え深い人や師に支えられ、
サッカーの勝負の中で勝ったり負けたりで、
口惜しさ嬉しさを経験し、
はしゃぎ泣く中で、
自分の感情を豊富に身につけ、
そういう自己肯定観を豊かにした少年が、
やがて、
自分のチームのあいつの事、相手チームの事、
自分に向けられた喜びや悲しみがだんだん外に向き、
少しづつまわりが見えてきて、
勝った彼ら、負けた彼らから、
泣いたあいつ、思い切り喜んだあいつから、
何かを感じ始め、想像力を発揮し始める。
きっと彼は昨日のオレで、明日の僕だと。

そんな先見た指導の大らかさを持った大人が育成現場には必要だ。
それには幼少からの親の愛情と家庭のしつけと
10歳越えたら彼を人として突き放す子離れが不可欠だ。

大人は絶対に一緒に喜んだり悔しがらない事。
今日の勝ち負けを正しく彼らに理解させれること。
「負けの意味」「次が大切」「勝利は一瞬」がわかる家庭であること。
一つの勝ちに大人がはしゃぎ、ああだこうだと酒の肴にする、
一つの負けに大人が反応して、何者かをその原因と非難する。
そんな品性の低さは誠に「始末が悪い」(笑)

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静学Facebookより抜粋