人生とは


先日、ある方と飲みながら色んな話をさせていただいた。

本当に人生経験の塊で、自称「私の仕事は不可能を可能にすることです。」と言われている方です。

その方の話の中ですごく共感した言葉があります。

それは

「仕事とは想像とアイデア。人生とは出会いだよ」

すごくカッコいい言葉でした。

今回、御船町で社会福祉係のみなさんと出会い、御船町の人たちと出会い、その他のたくさんの人達と出会いました。

これが俺の人生なんだなと思った。

色んな人との出会いに感謝です。


幸せの連鎖


思い起こせば子育ては幸せの連鎖

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「子供は今が一番かわいいのよ」私はそう思えなかった。でも、時はもどらない

子ある日和の母

子供たち3人、次から次に生まれて、一人目に二人目のベビーカーをつかんで私との間を歩かせ、三人目をおんぶして歩いた。

近所の先輩ママさん達に口々に言われた。

「大変ね。でも、今が一番かわいいのよ。って言われても、そうは思えないだろうけど。私もそうだったし…」

そう、その時の私はとても「今が一番…」とは思えなかった。

ざあざあ降りの雨の日に、お友達の家に遊びに行きたい!!」と長男にだだをこねられて、傘をさしながらどうやって三人連れて行けばいいのと途方に暮れることもあった。

下り坂でやめなさいっていうのにボール遊びをして、落としたボールを追いかけて車がびゅんびゅん通る国道までまっしぐらに走る次男を、おんぶした長女の首がおかしくなるんじゃないかというほど全速力で走って止めに行ったり、

毎晩2時になるとタイマーをセットしたみたいに夜泣きが始まる長女を心底憎らしく思ったり…。

今年、長男は大学に入った。実家が遠方なため下宿している友達がたくさんできて、週の半分は帰ってこない。

次男は高校2年、週末も長期休みも部活でほとんど家に寄りつかない。

長女は中学2年、子供達の中では一番顔を見るのも話をするのも多いが、こちらも部活と友達づきあいで、家でお母さん、とまとわりついてくることはおねだりしたい物がある時以外はほとんどなくなった。

思春期の子供達との一触即発の事態を避けるために、言葉を選ぶのもだいぶうまくなってきたと思う。

「くそばばあ」と直に言われたことはないけれど、あ、今そう思ってるな、とわかることは何度もある。はずみでおまえ呼ばわりされることにも、もう慣れた。

せっかく作った夕飯に手を付けないで、カップラーメンの食べ残しがそのままテーブルに置いてあったり、おなかをすかせているからと超特急で作って、ごはんですよと呼んだ時には、時すでに遅し、熟睡して翌朝まで起きなかったり。

3人で泣いたり笑ったりけんかしたりする中、家族揃って賑やかに食卓を囲むことは、もうほとんどない。

何度もこぼされたおみそ汁。

おかずといっしょにぐちゃぐちゃにかきまぜておいて、もう食べられない、と残された見るのもいやになるお茶碗の中のご飯。

いくつコップを割っただろう、何度床を拭いただろう。素足でご飯粒を踏んづけた情けない感触は今でも思い出すとぞっとする。

だけど、今大人まで後一歩の子供達を見ながら、思い出すのはあのまん丸の鼻水とよだれでべとべとの顔、何度も握りしめた小さいえくぼのある手の感触ばかりだ。

あんなに毎日通った公園に、足を踏み入れなくなってもう何年経つだろうか。

一緒にお風呂に入って頭を洗ってやったのは、いつが最後だっただろうか。

もちろん、今だって一つ屋根の下、親子で暮らせば、楽しいことも嬉しいことも、あることはある。

でも、あんなに濃密でこれでもか、というぐらいの思い出が詰まった日々は、もう二度と来ないのだろう。

一人で自由に出歩くようになった今、電車の中で大泣きする赤ちゃんを必死であやしているお母さん、自転車の前と後ろに小さい子を乗せて、真っ赤な顔で自転車を
こいでいるお母さん達を見ていると、思わず「大変ね。でも、今が一番かわいいのよ」と声を掛けたくなる。

でも、きっと言わなくても大丈夫。お母さん達は今、思い出をしっかりストックしているところ。

どんなに必死でも、目が回るほど忙しくても、そんな時間のすき間を縫って、子供とお母さんの思い出はどんどんたまっていくのだ。
時はもどらない。

でも、思い出は消えずに、時を越えてずっと手元で輝き続ける。

時はもどらない。


指導の極意


指導の極意

何が悪い。ここがダメ。あいつはクズ。と口にすることは仕事じゃない。

悪いもダメも糞も味噌も、具体的にどうするかと、どうすればいいのかと実践する、こうしようというアプローチをする。

ダメなのは、指導の側の知恵と努力の問題と思わぬやつ。

あいつの可能性をどう引き出すか。

その答えと引き出しを持っていることが能力。

それこそが極意。

その深さが育成への自信を生む。

丸ごとな人を口で変えるなんておこがましいと、そう思っている人が指導者だ。

1日2時間の練習ではない、若者は24時間で成長することを理解している人間が指導者。

教えず、最後は自分で歩くことが、関わりの目標と心得ていることが指導者。

手練や戦術を教え込もうとしている知性のない指導見ると、反吐が出るのは指導者として合格。

負けの言い訳をしないのが、勝負のサッカー教える男。

目先の勝利に心を奪われないのが、育成指導者の免許証。

勝利は一瞬。育成は一生。

有名になりたくない人間が、真の育成指導者。

褒められればそりゃうれしいが、相対的評価に指導の価値を求めれば求めるものがぶれる。

だから、指導者はネットなど粘着しない。

井田勝通、川口修やオキタツ、岡島たちはネットは使わない。

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


ほめて育てる


ほめて育てる
何を誉めるか 運動能力が高い・頭がよくいい成績と「才能」と「結果」を褒めると、必ず「失敗を恐れる」ようになる。
頑張った・毎日諦めない姿勢は素晴らしいと「苦難」と「挑戦」を誉めると、「チャレンジし、諦めない」事を求めるようになる。
では誰が誉めるか 日頃頑張っていない男は誉めても逆効果だ。
ヤンキーにカッコイイですと言われているのと同じだ。
彼の尊敬する人が誉めることが財産になる。
子を育てるのは大人が「尊敬される人生を歩む」こと。
その姿を見せる事。
器が大きく正義漢で男らしく勝負する父。
天使のように愛情深き思慮深い母。


…ハードルあげすぎた(爆笑)

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


大丈夫だ


大丈夫だ サッカー人として・三浦知良 17日の日本対カンボジア戦は人工芝で行われ、「やりづらかった」という選手の反応を新聞で読んだ。そういった適応力が問われる状況では、最高のピッチも劣悪なピッチも、いろいろ経験していることが有利になるん…

Posted by 谷田-虎の穴・静学サッカー on 2015年11月23日

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


カズの存在


【カズの存在】パク・チソン
「日本人のイメージは良くなかった」
【韓国のサッカー雑誌での智星のインタビューから一部抜粋】
若くて右も左もわからなくてとんがっている時に日本に来て、 最初は学校で習ったように日本人に対してのイメージは良くなかった。
でも日々暮らしているうちに全然違うと気づきました。
特に日本のクラブに来た日から毎日必ず声を掛けてくれて、 悩んでいる時に相談を聞いてくれたカズさんは人生の師です。
カズさんのようになりたいです、と言った時にカズさんが、急に真顔になり話してくれた言葉は自分の人生を変えるものでした。

 「いいかい智星、自国以外でサッカー選手として生き残るのは本当に困難だ、最後までサバイバルする選手に一番必要なものは何か
  わかるかい?、技術じゃない、そのクラスの選手の技術はみんな同じくらい高いからね、一番大切な事は、サッカーへの情熱、一途の献身、毎試合今日死んでも悔いはないという思いで試合に望む、サッカーに人生を賭ける選手だ」
 
 「ブラジルでは貧しくて、ブラジル人なのに、一生スタジアムに来れない人が沢山いるんだ。ブラジル人にとっては悲劇だよ」
 「智星わかるかい?ブラジルで俺は試合前に必ずスタジアム全体を見る、この中でいったい何人の人達が一生に一回だけの、試合を見にきたんだろうと思うんだ」

 「すると全身にアドレナリンが溢れてきて喧嘩した直後みたいに身体が震えてきて鼻の奥がツーンとしてくる、俺はそのまま試合開始のホイッスルが鳴るのを待つんだ」

 「うまくは言えないけれど、これが俺のサッカー人生だ、智星が本当にサッカーを愛しているならとことんまで愛してやれ。智星のプレーで全然違う国の人々を熱狂させてあげるんだよ、それは本当に素晴らしい経験なんだよ」

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


日々の行動


捨てたもんじゃないとLEGENDは教えてくれた。
心底若者に親父が学ばされる時がある
+*-+*-+*-+*-+
2012-12
世には
夢に向かうことのできぬ軽い男がたくさん…
所詮
幼稚じゃ勝負はできぬ
キャンペーンで
被災地行くことより
ゴミを拾う取り組みするより
親へ感謝の手紙を書かせるより
人としてのまともさは
日々の行動にある。
寮の食事をつくってくださるMさん夫婦と先日食事したとき
聞かされた話
もう1年以上前の出来事だった。
いつものように、早朝。
もちろん真っ暗な中、朝食の準備に寮に行けば、
まだ寝静まっているはずの玄関に、一人の男が立っていた。
そして頭を下げた。坂田だ。
「Mさん。すみません。洗い上げの時、お皿を割ってしまって。同じのがなかったですが、これで代わりになるでしょうか」
と皿を手にもっていた。
「その時は本当に驚きました」とMさんはいう。
「ああいう若者によく育った」「本物のいろんな人への感謝がそこにはあった」と。
昨日、本人に問いただせば、
電車で街に行き、割れた皿を持って、何回もひとりで探し回ったという。
「どっかのビルの中で買いました」と。
「なんで黙っていた?」
「・・・言う事ではないと思って」
本当の感謝や、人として社会貢献はすべて身近なところにある。
自分の夢に協力してもらっている方々へ、いただいている恩に、
すべてに感謝できるのが挑戦する者の人間性。
親への感謝も、たとえば郵便局に振り込んでもらった3万円を、
1000円づつ引き出しては、「ありがとう」と自分の夢へ大切に無駄なく使う行為に現れる。
かたや、親に事あるごとに金をせがみ、遊びに行き、たとえば
時節柄なら、わけのわからぬ小娘に「愛」だと称して、
クリスマスプレゼントを親の金使って贈るアホどもが街にはあふれる。
親の金で買ったスマホを一日中シューシューし時間を食いつぶし、
夢を台なしにする普通のあんちゃんは腐るほど存在する。
親に、偽の夢を餌に、
スパイクを好き放題買わせて平気な奴に、まともに育つ資質はない。
夢への協力への感謝の気持ちが、
人を真人間に、大人に育てるのだ。
坂田がまともでリスペクトできるか、
ただの「オヤジ臭い変人」(笑)だと思うかは
そいつが「挑戦者」か「普通の若造」かを正しく判断できる材料だ。
指導は“良質なもの”と、作られた“まがい物”を見分ける作業。
坂田伝説はもっともっと様々ある(笑)
修学旅行の日、直前まで谷田で自主練やっていたとか、
カラスがなかない日はあっても、谷田で坂田の自主練を見ない日はないとか、
ずっと一人で誰もいなくなるまでリフティングやっている(川口修)とか。
とりあえずいつも群(む)れないと何もできないダメな若造と対極をなす。
サッカーを取り組む高校年代の若者は16万人。差別化は現場の日常生活で起こっている。
大切な3年間。
ミーティングのあと
「坂田!修学旅行どうよ」といじると
「ええまあ。・・・でも・・・立志にいるほうが・・・落ち着きます」
これも伝説だ。
*************

人に長たる者は 孤独寂寥(せきりょう)に耐えねばならぬ(森信三)
筋肉は使い切ることで状態が良くなる。中途半端な使い方はむしろ良くない。
無理をしないと、どんどん無理ができなくなってしまうものだ。

どこかで楽をするクセがついたら、あるはずの力も発揮できなくなる。(三浦知良)

安心しろ!女にうつつ抜かしながら、悪質掲示板のぞきながら、選手権全国制覇できるほど、そんな稀有な才能持った選手はここには絶対にいないから。(I)

幼少からの教育が挑戦者の人格に写る。「子の魂」と「親・教師の生き様」は合わせ鏡。

静学Facebookより抜粋


啐啄


もともと俺は国語は好きな方。

本を読むのもキライではないし、偉人が残した言葉なども好きな方である。

で、この「啐啄」(そったく)

まったく知らなかった。

静学のFacebookを見るまでは本当に言葉の存在すら知らなかった。

親と子の良い関係性の象徴的な言葉。

これは人間でも同じこと。

保護者が成長の過程で子供が殻を破ろうとしているのに、違う部分をつついたり、逆に外から叩き割ってしまっているケースが多くある。

すごく親として指導者として身にしみる言葉だ。

そして、逆に言うとこれから先、何度も啐啄する機会はあるということ。

ぜひ実践していきたい。

ボトムアップとも通ずるとも思う。

良い関係を築き、そして、子供たちが大人になっても個の力で立ち向かえるように、今、親の大切なほんの少しの導きを心がけてみよう。

また明日から頑張ろう。

「啐啄」(そったく)。
啐啄とは雛が、かえろうとするとき、雛が内からつつくのを「啐」、母鳥が外からつつくのを「啄」というのですが、ほんの少し外から割れやすいように母鳥が手助けをしてあげるということです。
子どもが一生懸命挑戦している。
悩んでいる。迷っている。
そんな時、子どもに気づかれないように導いてやるということです。
ほんの少し背中を押してあげるということです。
勇気づけてやるということです。
止めさせる事は簡単ですが、子どもの人生における絶好のチャンスを潰すことではありません。可能性を広げてあげることです。
親の役目は、子どもが大人になったとき、親の助けを借りずに立派に生きていけるようにすることではないでしょうか。
その為には、子どもに自信をつけさせてあげることが大切です。 好きなこと、熱中することがあると自信はつけやすいです。
小学校卒業、中学校卒業、高校卒業、と3回ありました。
この節目、節目で啐啄のチャンスが転がっていたはずです。
うまく啐啄できなかった親御さん方、高校を卒業しても間に合います。 是非、啐啄してあげてください。

そして高校を卒業したサッカー小僧達よ。

更なるサッカーに挑戦する道に運良く進めた君。

違う道への新たなる挑戦を決めた君。

君達の成功を祈ります。

そして サッカーを止めたとしても、またいつか、サッカーを始めてください。
親は、子どもの楽しい姿を見るのが一番幸せだからです。
卒業は成長の証です。

静学Facebookより抜粋

啐啄


卒業 〜静学Facebookより


これを書いている田畑さんは育成指導者であり、また静学サッカー部OBの父でもある。
************
高校サッカー・卒業
毎年、様々な選手達のドラマをみつづけています。
小学校、中学校、高校、と選手達の卒業をみてきました。
小学6年生でサッカーをやめた子。
中学3年生でサッカーをやめた子。
高校3年生でサッカーをやめた子。
止める、辞める、病める、色々なやめるがあります。
できれば止めただけにしたいです。 いつかまた動き出せますから。
小学生の時は県選抜で活躍。
この頃は簡単にゴールが決まっていた。
結構ミスが多くてもコーチから怒られることもなかった気がする。
中学生になるとオスグットになる。思うようにプレーが出来なくなる。
小学校の時、自分より小さかった仲間に身長やスピードで抜かされる。
地元高校サッカー部に入るもなんとなく3年間が過ぎて卒業。
いつのまにか親もサッカーへの関心が低くなっていたし、大学でサッカーをやろうとは考えていない自分に気づく。
小学生の頃は全く目立たず地域トレセンにも選ばれていなかった。
試合はいつも途中出場。
中学生になって明らかに目が輝きだす。別人のように積極的に取り組みだす。
小学生時代県選抜の仲間を追い抜いてフル出場するようになる。
高校生になって全国大会レギュラーで出場。
大学サッカーで活躍。
何百人という選手をみてきましたが一人一人の環境もタイミングも違います。
人は皆、成長のスピードが違います。
人生は千差万別です。
子どもは、親や指導者の思い通りには成長しないです。
子どもが生まれたとき。
親が願ったこと。 「サッカーの日本代表になって欲しい」ではありませんでした。
「東大に入って欲しい」でもありませんでした。
親が願ったこと。 それは、
「元気に育って欲しい」
それだけであったと思います。
人間は欲張りです。
ボールを追いかけてフィールドを駆け回っている。世界一の幸せな我が子がいる。 それなのに、いつのまにか、それだけでは不満な親になっている。
「2年になってもAチームに入れなかったらサッカーをやめる約束したよね。」
勉強しても同じように、親が望む大学に入れなかったら、その親は子どもに何を止めさせるのでしょうか。
親が望む会社や職種に就けなかったら、その親は子どもに今度は何を止めさせるのでしょうか。
今年も私のジュニアユースクラブは3年生を送る会がありました。
17名の子ども達が卒業していきました。
3年間で公式戦に出場したのはラストゲームで数分という選手もいます。
公式戦の応援だけで一日が終わった日も何回もありました。
それでも3年間練習を休まず遠くから通い続けてきました。
他所から見たら、そんなクラブ辞めたらと思うかもしれませんね。
本人が、サッカーが大好きなのです。
本人が、このクラブが大好きなのです。
私も、彼が大好きなのです。
そんな彼を、親が黙って応援し続けたということです。
親が立派です。というか、親とは、そういう存在です。
おそらくは子どもが辛かった時や迷った時も沢山あったと思います。 きっと多くの高校サッカー部においても、ぐっと涙を堪えて、口を閉じて、我が子を黙って応援しつづけた親御さんが沢山いたと想像できます。
親のみなさんに、卒業の卒に口をつけた言葉を贈ります。
「啐啄」(そったく)です。
啐啄とは雛が、かえろうとするとき、雛が内からつつくのを「啐」、母鳥が外からつつくのを「啄」というのですが、ほんの少し外から割れやすいように母鳥が手助けをしてあげるということです。
子どもが一生懸命挑戦している。
悩んでいる。迷っている。
そんな時、子どもに気づかれないように導いてやるということです。
ほんの少し背中を押してあげるということです。
勇気づけてやるということです。
止めさせる事は簡単ですが、子どもの人生における絶好のチャンスを潰すことではありません。可能性を広げてあげることです。
親の役目は、子どもが大人になったとき、親の助けを借りずに立派に生きていけるようにすることではないでしょうか。
その為には、子どもに自信をつけさせてあげることが大切です。 好きなこと、熱中することがあると自信はつけやすいです。
小学校卒業、中学校卒業、高校卒業、と3回ありました。
この節目、節目で啐啄のチャンスが転がっていたはずです。
うまく啐啄できなかった親御さん方、高校を卒業しても間に合います。 是非、啐啄してあげてください。
そして高校を卒業したサッカー小僧達よ。 更なるサッカーに挑戦する道に運良く進めた君。 違う道への新たなる挑戦を決めた君。 君達の成功を祈ります。 そして サッカーを止めたとしても、またいつか、サッカーを始めてください。
親は、子どもの楽しい姿を見るのが一番幸せだからです。
卒業は成長の証です。

田畑雅宏(52 歳)
1988 年「小淵沢サッカースポーツ少年団」設立と共に監督となり 2002 年迄監督を務める現北杜市にサッカー部がない中学校も数校あった事から同年に峡北地域初のクラブチーム「FC 八ヶ岳」を設立しジュニアユースの育成に力を入れはじめる。2005 年には北杜市のスポーツ文化向上を目指し NPO特定非営利活動法人「八ヶ岳北杜グランデフットボールクラブ」を設立する。現在はヴァンフォーレ甲府と提携し「ヴァンフォーレ八ヶ岳」と名称変更し山梨県のスポーツ文化発展と U12,U15 の育成活動を行っている。
http://soccerbank.jp/?p=1752

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


意思


命は自主練

命は自主練習。
それは
まわりに支えられて、触発された、
「自分の意志」だから。

カズが言う。
『お金をもらうからプロじゃない。
 どんなときでも手を抜かず、全力で戦うからプロなんだ。』 

しんどいときでも、「どんなときでも」
”いまできること”を考えていく。
これって自分の意志が必要です。

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)