復興へ


8月29日より9月2日まで御船町へ災害支援として5日間行ってきた。


行くと社会福祉係の前にブースが設置してあった。ブースと言っても間仕切りと机と椅子で作られた空間だ。


派遣できているメンバーは俺らの他にも来られていた。

三重県玉城町、山口県庁からも来られていたし、津奈木町からも1名、人吉市、五木村からも来られていた。

業務としては罹災証明が発行された方への再建支援の総合窓口業務。

罹災判定に基づいて受けられる支援について説明と受付を行う。

4月末から3回ほど益城町へも災害派遣に行った時と同じように御船町のために少しでも役に立てればと思って現地に行った。

業務は2人1組で対応。

最初は業務内容を覚えることが第一優先だった。

でも、色んなケースがあってどうしてもマニュアル通りばかりではない事案が発生してくるので、どうしても御船町の職員の方に確認をすることが多かった。

社会福祉係のメンバーは臨時職員もあわせて7名。そのうち男性が2名、女性が5名。

俺達が勤務している通常の勤務時間は俺達のサポートと通常業務。

時間外は俺達が受け付けた申請書などのチェックや通常業務が出来なかった分をだいたい次の日になるくらいまでしている。

土、日については、今はだいたいどちらかは休めるようになってきていると言われるが、それはできるだけ休養を取るようにしているだけで残っている仕事はまだまだ多い。

職員の中には妻と2歳の子供がいて、もうすぐ第2子が産まれてくる人もいた。

また、小学生低学年に2人の子供を持つ女性職員も残業で毎日遅くに帰っているが、遅くなっても子供は布団の中で母の帰りを起きて待っているという。

2日目を過ぎるころ、自分の中で御船町のために来ている自分は、今までの生活でどれだけ恵まれていたんだろうと痛感した。

そして、災害支援に来たのに職員の手を煩わせてしまっている自分の力の無さに悲しみさえ覚えた。

3日目くらいから、自分の中で考えや気持ちに変化が起きていた。

「御船町のいち早い復興のためには、この職員の人達が出来るだけ自分たちの仕事に専念できるようにしてあげることが最重要なのだ」と。

未曾有の地震災害により自分たちも被災し、その自分たちの生活を後回しにして住民のために日夜業務に邁進されている社会福祉係の人たちを見て、

「この人達とその家族が早く平穏な生活に戻れることが、一番益城町が復興するために最善なんだ。俺達がどれだけ窓口業務をしても、逆に足を引っ張ってるところが多いんだから」

そう思った。

御船町の社会福祉係は救助法の関係で再建総合窓口担当課になっている。建設課や税務課もバタバタと業務をされている。本当に激務だ。

少しでも職員の人達が笑顔で仕事ができる環境を作りたかった。

これから、まだまだどういう業務が出てくるかわからないだろう。俺達が業務にあたっていた5日間だけでも、今までに無い事案が出てきていた。

これからも何らかの応援をしていきたい。

これからは、これからも、皆な一緒に平穏な生活に戻ることを願って頑張っていきましょう。

御船町役場 社会福祉係のみなさん、ありがとうございました。


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