指導の極意


指導の極意

何が悪い。ここがダメ。あいつはクズ。と口にすることは仕事じゃない。

悪いもダメも糞も味噌も、具体的にどうするかと、どうすればいいのかと実践する、こうしようというアプローチをする。

ダメなのは、指導の側の知恵と努力の問題と思わぬやつ。

あいつの可能性をどう引き出すか。

その答えと引き出しを持っていることが能力。

それこそが極意。

その深さが育成への自信を生む。

丸ごとな人を口で変えるなんておこがましいと、そう思っている人が指導者だ。

1日2時間の練習ではない、若者は24時間で成長することを理解している人間が指導者。

教えず、最後は自分で歩くことが、関わりの目標と心得ていることが指導者。

手練や戦術を教え込もうとしている知性のない指導見ると、反吐が出るのは指導者として合格。

負けの言い訳をしないのが、勝負のサッカー教える男。

目先の勝利に心を奪われないのが、育成指導者の免許証。

勝利は一瞬。育成は一生。

有名になりたくない人間が、真の育成指導者。

褒められればそりゃうれしいが、相対的評価に指導の価値を求めれば求めるものがぶれる。

だから、指導者はネットなど粘着しない。

井田勝通、川口修やオキタツ、岡島たちはネットは使わない。

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


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