日々の行動


捨てたもんじゃないとLEGENDは教えてくれた。
心底若者に親父が学ばされる時がある
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2012-12
世には
夢に向かうことのできぬ軽い男がたくさん…
所詮
幼稚じゃ勝負はできぬ
キャンペーンで
被災地行くことより
ゴミを拾う取り組みするより
親へ感謝の手紙を書かせるより
人としてのまともさは
日々の行動にある。
寮の食事をつくってくださるMさん夫婦と先日食事したとき
聞かされた話
もう1年以上前の出来事だった。
いつものように、早朝。
もちろん真っ暗な中、朝食の準備に寮に行けば、
まだ寝静まっているはずの玄関に、一人の男が立っていた。
そして頭を下げた。坂田だ。
「Mさん。すみません。洗い上げの時、お皿を割ってしまって。同じのがなかったですが、これで代わりになるでしょうか」
と皿を手にもっていた。
「その時は本当に驚きました」とMさんはいう。
「ああいう若者によく育った」「本物のいろんな人への感謝がそこにはあった」と。
昨日、本人に問いただせば、
電車で街に行き、割れた皿を持って、何回もひとりで探し回ったという。
「どっかのビルの中で買いました」と。
「なんで黙っていた?」
「・・・言う事ではないと思って」
本当の感謝や、人として社会貢献はすべて身近なところにある。
自分の夢に協力してもらっている方々へ、いただいている恩に、
すべてに感謝できるのが挑戦する者の人間性。
親への感謝も、たとえば郵便局に振り込んでもらった3万円を、
1000円づつ引き出しては、「ありがとう」と自分の夢へ大切に無駄なく使う行為に現れる。
かたや、親に事あるごとに金をせがみ、遊びに行き、たとえば
時節柄なら、わけのわからぬ小娘に「愛」だと称して、
クリスマスプレゼントを親の金使って贈るアホどもが街にはあふれる。
親の金で買ったスマホを一日中シューシューし時間を食いつぶし、
夢を台なしにする普通のあんちゃんは腐るほど存在する。
親に、偽の夢を餌に、
スパイクを好き放題買わせて平気な奴に、まともに育つ資質はない。
夢への協力への感謝の気持ちが、
人を真人間に、大人に育てるのだ。
坂田がまともでリスペクトできるか、
ただの「オヤジ臭い変人」(笑)だと思うかは
そいつが「挑戦者」か「普通の若造」かを正しく判断できる材料だ。
指導は“良質なもの”と、作られた“まがい物”を見分ける作業。
坂田伝説はもっともっと様々ある(笑)
修学旅行の日、直前まで谷田で自主練やっていたとか、
カラスがなかない日はあっても、谷田で坂田の自主練を見ない日はないとか、
ずっと一人で誰もいなくなるまでリフティングやっている(川口修)とか。
とりあえずいつも群(む)れないと何もできないダメな若造と対極をなす。
サッカーを取り組む高校年代の若者は16万人。差別化は現場の日常生活で起こっている。
大切な3年間。
ミーティングのあと
「坂田!修学旅行どうよ」といじると
「ええまあ。・・・でも・・・立志にいるほうが・・・落ち着きます」
これも伝説だ。
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人に長たる者は 孤独寂寥(せきりょう)に耐えねばならぬ(森信三)
筋肉は使い切ることで状態が良くなる。中途半端な使い方はむしろ良くない。
無理をしないと、どんどん無理ができなくなってしまうものだ。

どこかで楽をするクセがついたら、あるはずの力も発揮できなくなる。(三浦知良)

安心しろ!女にうつつ抜かしながら、悪質掲示板のぞきながら、選手権全国制覇できるほど、そんな稀有な才能持った選手はここには絶対にいないから。(I)

幼少からの教育が挑戦者の人格に写る。「子の魂」と「親・教師の生き様」は合わせ鏡。

静学Facebookより抜粋


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