一喜一憂するニセモノ


一喜一憂するニセモノ

結果が出ているとニコニコ頑張る。
結果が出ないと落ち込んでウジウジする。
こういう人間は、そんな努力は「完璧な偽物」。
(カンペキナニセモノは北京のコピーだらけの百貨店でオネエチャンがささやいていた名言)
大人は自分を常に「生きる道筋」を明確に据え表明する。

そして

サッカーの夢を通じて、それを若者に教えることが仕事。

中條さんはこう言っている。

「夢は豊かさと逆相関」という理を気づきなさい。

分かりやすく言えば、
豊かになればなるほど、
夢は小さくしぼんでゆくということ。
人は往々にして積み上げた豊かさの上で、
挑戦心を失いつまらない俗物になる。
その時、ヨーロッパ人なら「救い」を絶対的な神に求める。
日本人は自己を虚にし無にして「道を探求」して日本を拓いてきた。

山ノ井、加納などはジェフ千葉、清水エスパルスそれぞれのユース昇格を断って、
静学で「すごい選手になりたい」という楽ではない道を、親も財政的にも厳しい道選択を認め後押しした。
(それぞれのジュニアユースの指導者はその決断を認めていただいた)

勉強ができないSは「特別な選手」になりたくて、14歳の時に幼稚から脱却する決意を固め、ハチャメチャな幼稚さを抜け出し、脅威な成績向上(出発が低すぎた(笑))で、ここで挑戦する。

親は子に豊かさを、楽を与える決定的なミスを犯してはならない。
親が楽になるところに置くなどもってのほかだ。

子には背伸びした夢への挑戦の場を後押ししなければならない。

現在、高校で勝つだけでなく、Jで大学選抜で活躍する小林・大島・伊東・長谷川・福島・木本・米田をはじめ、多くの個々の選手は、そんなあえて「おのれに負荷を与える」「覚悟した道」に飛び込んだ選手だ。

そこに可能性があると思う。

井田の言う「理不尽が人を育てる」

というのはそういうことでもあるかもしれない。
「手で箸を扱う」ようなテクニック・技術は簡単に習慣にならない。
「夢の覚悟」に導かれた、遊ぶ時間などとんでもない、想像できない自主練習の中で少しづつ少しづつ身に着くもの。

全速力の中でのトラップやテクニックの発揮ができない?
そりゃ簡単だ。
練習が全然足りないか、道の入り口でお前があきらめちゃっているだけだ。

まだまだ幼稚すぎるお前たち、

もっと血反吐吐くほど苦労して、

ここからの長い人生に通用する人になれ。

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


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