技術に特化するとは。


技術に特化するとは。
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もちろんそれは「とりあえず」勝てば良いということを断固拒否すること。
唾棄(だき)する事。
だが、忘れてはいけない命題は、
圧倒的技術でテクニックを駆使してなんとしても勝利する事なのだ。
これか重要な本質的命題のもう一つ。
つまり
どんな時でも負けるということは
「弱い」ということを痛いほど受け止めること。
育成段階でもいかなる時にでもだ。
相手がどんな、早生で将来はどうであろうが
負けることは「弱い」ということ。
未来は現在とつながっている。
負けて平気な顔してんなということ。
「負けても弱くないやい」と強弁するのは、
弱いくせに、飼い主に隠れてキャンキャン鳴く座敷犬野郎だ。
負けの言い訳に「技術の特化」を使うな。
悔しさから逃げるなと言うこと。
それはサッカーやるものにとって恥ずかしいこと。
特化途上で負けることで
「負けはしようがない」「負けは想定内」と強がったリ
「技術を負けの言い訳」には使っては絶対にだめだ。
「負け」から「試合で負ける情けなさ」
「技術のなさ」「技術の使い方の間違い」
「必要な技術の水準低さ」「求める地点との距離」
を痛恨の弱さとして、血肉にしろ。
日々自己の指導と選手に突き付けろ。
負け惜しみはみっともない。
負けを認め大いに悩み傷つくべきだ。
技術とスポーツの勝利のアウフヘーベンされた統一の思考を、
単純化された技術と結果の分離的思考、
演繹的三段論法で逃げるみっともなさを棄てろ。
そんなところから何も生まれない。
エリート選手さえも、
名前で進路を決めさせて腐らすな。
誘拐してでも連れてきて、
挑戦の心を発露させ
育成の証明をすることも、中心的仕事の一つだ。
早生に身に付きがたい資質を花開かせるんだ。
負けて弱さを認めて進め。
アピールする言い訳がもっともみっともない。
未来は真実を証明する。
希望はこの言葉。
負けおおいに結構だ。
「リスクを負わない者は勝利を手にすることができない 」

谷田-虎の穴・静学サッカー(Facebook)より転載)


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