【子育てと育成】


オシムのこの言葉は子育てと育成のそれぞれの大切な役割と責任を宣言する言葉。
あなたは、息子さんを「最後まであきらめずに走る子供」に育てましたか?…
もしそうでなければ期待をしない方がいいでしょう。
もしそうなら、私が責任を持って育てます。…
(新加入 選手会見後の懇親会で新加入選手のご両親に対して)
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親や大人の仕事は、
名声がほしいとか、下らぬ自慢の種になるとかで子を育てているのではない。
諦めない、考え深い、どこに出しても恥ずかしくない子に育てる事。
まあ、それがなかなかムズカシイ。
中学までの子供の心は親の生き方そのものの産物。
ともに過ごす長い長い時間がつくるもの。
幼少期は親は鏡で、親や大人が受け入れられない事は子は決して身につける事はできない。 親の愛により紡がれる自己肯定感と達成感と思いやる社会性。
才能や興味を引き出し、思い切って伸ばすのは、親自分が信念・生きがいを持って精いっぱい日々暮らす事のそばに子供を置き見せる事。
そして善悪を教えるには、親自身の生き方の選択で正義を子供に示す事。
知的興味ある子にするには、その手段は塾通いにはなく、大人自身の学ぶ姿が子の眼前に常にあるか否かだ。
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ある青年の幼少期についての母が書いた「子育てメモ」から
ねばりつよい子育ての日々。
時々の発達途上の新たな積み重ねられた発見が残されている。
それは時々に切り取られた〝母の極上の愛〟〝母子の繋がりの景色〟。
★ ○○5歳を迎えた朝
「ねえ、ねえ、オレ、きのうと変わったとこない・・・?
ホラ、ホラ・・・きのうまでは4歳だったジャン
きょうは5歳ジャン
ホラ、この足だってサァ(と足をあげてみんなにみせる)
あれっ?あんまりおおきくなってない!」
★ 4歳の誕生日
自分は6月生まれ、
兄▲は3歳上の7月生まれ、
妹◆は1歳下の10月生まれ
「かあちゃん、あのね。
この家で、いちばんにうまれたのはオレでしょ。
さいしょにね、オレがうまれて、
つぎに▲がうまれて▲がどんどん
どんどんどーんどん、オレをおいこして、おおきくなっちゃたんでしょ?
だって、だってね。
オレが6月で▲にいちゃんが7月で◆が10月だから」
長い長い子育ての日々の一コマ。
この青年はスポーツと本が好きな我慢強い誇れる大人に育った。
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そしてその日々の中で支えられた忘れない「母の言葉」をみんなもって育つ。
リンカーンの母・ナンシーの言葉
「いずれあなたは自分にふさわしい状態になります。
他の人の言葉にいじけてはなりません。
自信をもって生きなさい。
自信こそすべての成功の根源です」
リンカーンの家はとても貧乏だった。
彼が学校に上がる頃、彼の服装は同年代の子どもたちのからかいの的だった。
新しい服を着ることができず、いつもツギハギのあるみすぼらしい服を着ていたからだ。
からかいに耐えかねた彼が母ナンシーに訴えかけたとき、彼女は彼を抱き寄せてこんな言葉を返したと言う。
「息子よ、まずこの家の家計を考えねばならなりません。
わたしたちは裕福ではないのです。
家族みなが食べてゆくことさえ思うままになりません。
そんな状態なのに、あなたはきれいな服が欲しいと言えますか?
自分の家の状態にふさわしくふるまいなさい。
いずれあなたは自分にふさわしい状態になります。
他の人の言葉にいじけてはなりません。
自信をもって生きなさい。
自信こそすべての成功の根源です」この時以来、リンカーンは大いなる自信を持ち続けたと言う。
経済的に裕福でないためにくじけそうになってしまうときにも、彼は決して自信を失わずにたゆまぬ努力で勉学を続けた。
それが彼の最大の武器となったのだ。
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高校生になる時、勝負する時。
責任は親から離れ、15歳の男自身にかかってくる。
その時男は夢を持ち志を立てる。
ココまで育ててくれた親と周りの人に感謝し、
そこまでは親が介在してくれた、あらゆるうまくいかない事、
理不尽も自分で受け止め、
自らを変える事が男としての自分自身の固有の仕事となる。
親が喜ぶ男の勲章は自分自身で歩む男となる。
そこにある。
その時親の極上の愛は〝子離れの決意〟となる。とな


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